【ALUbum 特別編】P&Gアルムナイ: 高橋佑樹さん

2018年12月10日

PROFILE

Central Figure株式会社 代表取締役
高橋 佑樹(たかはし ゆうき) 

さまざまな企業のアルムナイをその想いとともにご紹介していく企画「アルムナイ・アルバム」第一弾。今回は、P&G アルムナイの高橋佑樹さんにご登場いただきました。

P&G への入社の経緯

大学のゼミの友人が「きっとお前に合う会社がある」と、P&G をおすすめしてくれたんです。曰く、P&G 社員と雰囲気が似ているからとのこと。実際に説明会へ行ってみると、たしかに「俺は、ここだな」と思える、人的魅力がありました。

もともと消費財にも、営業にも強いこだわりがあったわけではないです。過去のP&Gの社長の言葉に「私たちは、たとえすべてのブランドがなくなったとしても、数年で立て直せるだろう。なぜならば私たちにはP&Gの社員がいるから。」といったものがありますが、「世界最高峰の人材を輩出する企業に身を置きたい」と惹かれたのが私の入社における大きな理由ですね。

 

P&G 時代(2010年→2012年)に携わった仕事について

P&Gは職種別採用をしているのですが、私は営業職として入社しました。実際に入社してみても、めちゃくちゃ良い会社。同期にしても、それまでの人生で会った人たちの中でもっとも高次元でバランスが取れている集団でした。みんな地頭が良くて、個性があって、自分なりの楽しみ方を持っているので。そういう良い人材が集まって、良い会社になっているんだなと感じました。

はじめの一年は、北関東の店舗への営業を担当。当時は1日150kmぐらいを車で運転して店舗をまわり、倉庫からの品出しやらパートのおじちゃん・おばちゃんと商談したりしてました。2年目からは、東海地方のGMSの本部を任され、ヘアケア製品全般を担当しました。

 

P&G を退職した経緯

20歳の頃から「いつか起業する」と決めていたので、早かれ遅かれというところはあったにしても、P&G を3年目にして辞めたのは、「もう無理」という逃げに他なりません。

一年目、現場担当の時から、ストレスはかかっていたのですが、2年目からの本部担当が、新卒に毛が生えたような程度の自分には、荷が勝ちすぎていたのだと思います。

自分で言うのもなんですが、それまでの人生、良くも悪くも周りから評価をいただいてきました。もちろん、P&G でもそうで、本部担当はその期待の表れだったのでしょう。だけど、ここに来て結果が出せず、うまく自分の中で解決も消化できない、というのがつらかったです。

意を決して辞意を伝えると、引き留めてもらったものの、特に次の仕事の見通しさえ立てられない状態で、このすばらしい会社を、負けて逃げるように終えたんです。情けなかったし、悔しかったですね。

そういえば、今でこそ、こうして「負けた」とか「逃げた」って言えていますが、当時は受け入れられなかったし、受け入れたくなかったのが正直なところです。転職活動中も、「隠したいな」って思っていたくらい。

 

現在の仕事/取り組み

転職先の会社は語学のコーチングスクールでした。ここでは「はたらくって楽しい」という、純粋な喜びが得られて、夢中になって仕事をするうちに、自分なりの誇りを持つことができました。

そんなすばらしい環境で、贅沢な悩みかもしれませんが、先が見えなすぎても不安になるけれど、僕は先が見えすぎて安心しすぎても不安になる性分なんだということを知りました。新規事業に取り組んだり、時間的にも金銭的にももっと自由が欲しくなったりすると、やっぱり自分でやるしかないのかなと、独立したのが2014年。

本当に何のあてもなく一人飛び出したかたちだったので、事業計画なんてありませんし、お客様も一社もいませんでした。でも、「こんなものかな」と思えたんです。思い返せば、大学選びも、就職活動も、その瞬間瞬間、「かっこよさそう」と直感で選んでいるだけで、ロジックに支えられたものじゃなかったので。

それでもいろいろな縁に恵まれ、現在は、起業した Central Figure 株式会社で、経営者を中心に英語のオーダーメイドトレーニングを提供する事業を手がけています。

 

P&G とのリレーション/アルムナイ同士のネットワーク

年に一回、P&Gの同期とは、現役・アルムナイどちらも参加する忘年会か新年会をやっています。あとは、お世話になった先輩とも半年に一回くらい会っています。

 

古巣 P&G へのメッセージ

P&G を卒業してから気付いたのは、P&G ではあたりまえの基準が、決してあたりまえではなく、グローバルコミュニケーションにおける高い次元のスタンダードだったのだということ。

そういう意味でも、今改めて知りたいのは、P&G が勝ち続けるしくみや方程式を少しでも解明したいということでしょうか。当時は当時なりに収集したり、体験したりしたけれども、今ならもっと核心に近づけるかもしれません。そして、P&G のパートナーにふさわしい知識、スキルとノウハウを備えることができたなら、自信を持って仕事を請けたいですね。

あとは、P&G は人材育成に定評があるだけあって、提供する研修コンテンツの質がすごい高いんです。今でも受けられるなら受けたい、という思いはありますね。新人研修にしても、ファンダメンタルなところから、理論の言語化が徹底されていて衝撃的でしたから。

それにしても、逃げるようにして辞めた悔しい想いは、自分の原動力になっているとことあるごとに思います。人生にはいろいろな選択肢があるので、決して後悔はしていませんが、P&G という最高の環境を離れたからこそ、別のステージで、「いつかやってやるぜ、自分が納得できる、最高に豊かな人生を歩んでみせる」って勇気につながっていますから。

  

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編集後記


アルムナビ編集長
勝又 啓太

高橋佑樹さんは、20歳の時「起業」を決意したそうですが、その背景には、突然、国が指定する難病で入院し「もう一生今までと同じ生活はできない」という宣告があったそうです。

薬の副作用で眠れず、高熱で身体震えて涙が止まらない中、自分自身に「こんな状況だけど、笑ってみろよ!」と呼びかけたところ、その言葉に応えるように、笑うことができたそうです。その体験が、「人は、たとえ病気の状況であろうとも、言葉一つで変わることができる」という大きな気づきとなり、後に「言葉を通して人の可能性を引き出す仕事」である、「コーチ」を知ったと言います。

一方、誰もが高橋さんのような壮絶な経験をするわけではありません。しかし、その気づきは「学校が教えてこなかったことだけど、すごく大事なこと」だと考えた高橋さんは、「コーチ」「学校」「政治」という3つの軸で起業する決意に至ったわけです。

そんな高橋佑樹さんは、現在、トライアスロン、それも「アイアンマン(スイム3.8km・バイク180km・ラン42.195km)」をこなしたり、未経験からアルトサックスを始め、一年でジャズバンドのステージをこなしたりと、バイタリティ溢れる生活をしています。

当時、周囲は「あなた病気なんだから」ばかりで、「あなたはどうしたいの?」って意思を聞いてくれた人がいないのは悲しかったそうで、逆に「病気でも何でもできるってことを見せてやる」と奮起したそうです。やりたいことに制限をかけず、すべてを言い訳にしない、そんな意志の力を終始感じるインタビューでした。