退職者に業務委託を頼みたいと思った時のガイド

お互い勝手知ったるアルムナイ。幾多ものプロジェクトをともに乗り越えた戦友とも言える存在とは、「またいっしょにお仕事してみたい」と思うのも自然なこと。

>>そもそもアルムナイとは?

とはいえ、いろいろな心理的・物理的なハードルもあって尻込みしている方のために、連載第4回となる今回は、アルムナイへ業務委託をお願いする際の労務的なポイント・注意点について解説してもらいました。

退職者と業務委託を通じてつながり続ける

起業や転職で会社を辞めた人材に対して、退職後も業務委託や委任契約、嘱託などの形式で仕事を依頼するケースが増えています。そこで頻繁に使われる上記3つの契約ですが、かんたんにそれぞれの特徴を挙げておきます。

  • 業務委託契約: 一定の成果をつくることに対する報酬を支払うもの。
    よく耳にする「請負」はこちらにあたります。
  • 委任契約: 成果物ではなく特定の業務や行為に対して報酬を支払うもの。
    顧問契約やコンサルティング契約などに用いられます。
  • 嘱託: 主に定年後の再雇用をする際につかわれるもの。
    契約の実態としては「雇用契約」同様の契約形態になります。

このような関係性は、企業にとっては後任が定着するまでのつなぎや、リソースの変動費的な活用ができますし、辞める本人にとっても「当面の間の収入源」、「慣れ親しんでいる業務の副業化/複業化」ができるため、お互いにメリットのある新しい働き方として有効だと言えます。

退職者に業務委託を依頼する際の注意点

しかし、企業側からアルムナイへ仕事を依頼する際、気をつけなくてはならないことがあります。

今回はその代表的なものを解説します。それは、『業務委託』の場合、「社員扱い」や「アルバイト扱い」など、実態として「『雇用契約』の延長」と混同しないようにすることが大切だということ。

そもそも業務委託は「○○を一件作成すること」などの「成果物」に対して報酬を支払う契約です。

一方「雇用契約」は「1時間=〇〇円」と「時間」に対して給与を支払う契約です。「○時~○時まで」特定の時間を、社員に対する指揮命令をする権利がある時間として買っているという考え方です。

逆に言うと業務委託は成果物を納めることを義務としているため、その成果物を納める期限まではどのような方法・時間配分で行うかは本人の裁量に委ねられている契約だと言えます。

つまり、依頼主(この場合だと会社)側は依頼した仕事に対して、「○時~○時までは職場に来て仕事をやってくれ」など、時間や場所を指定することを基本的にはできないということになります(もちろん会社のインフラシステムの開発など条件によっては指定しなければならないこともありますが……)

これは人事労務における基本ではあります。しかしながら、それまで上司(もしくは雇い主)と部下という関係性で一緒に仕事をしていたために、契約が変わった後にもそうした関係性を持ち込んでしまい、形の上では「業務委託」であるにもかかわらず、気づいたら上記の「雇用契約」のような仕事の進め方をさせているということはよくある話なんです。

こうした状況が出てきてしまうと、会社にとってはメリットがあるかもしれませんが、働く側にとっては、「こんな状況なら辞める前と変わらないし、待遇が落ちただけ」「結局、いいように使われている」とマイナスの感情がでてきて、せっかく築いた辞めた後の関係性にひびが入る可能性も出てきてしまいます

また、表向きは業務委託でも、実態として使用従属性が認められ、それは「雇用契約である」判断されてしまいます。雇用関係というのは、定義は労働基準法第9条で触れられていますが、契約の形ではなく実態として判断されるもの。

実態として労働者性(労働基準法における「労働者)と言えるかどうか)があると判断されると、表向きは業務委託でも労災補償の責任、安全管理義務など、通常の労働者と同じ義務を会社が負うことにもなります。

また、こうした事態から関係がこじれ、「実態として社員と変わらないんだったら、かかった時間全体に対して、時給を払ってください」と未払い残業代のようなトラブルを引き起こすことにもつながりかねません。

キーポイントの「使用従属性」について解説

そこで、先ほど触れたちょっと「使用従属性」が、キーポイントになりますので、深掘りして解説しておきます。「使用従属性」とは以下のものを指します。

  1. 使用者の仕事の依頼、業務遂行の指示などに対し、これを拒否する自由をもっていない
  2. 業務の内容や遂行の方法について使用者の具体的な指揮命令を受けている
  3. 勤務場所、勤務時間などが指定され管理されている
  4. 報酬の性格が使用者の指揮監督のもとに一定時間労働を提供したことに対する対価と判断される

実際に使用従属性が認められたものとして、

「九州電力委託検針員解雇事件(昭和50.2.25)」では「請負ないし委任とみ、原告をあたかも一個独立の事業主であるかのごとく扱おうとするのは誤まりであり…いわゆる労働契約関係が存したことは明らかである」

としてその実態から業務委託関係を否定して労働契約関係が認められたという事例があります。

以上の条件に照らし合わせて、「使用従属性」の有無が判断されるわけですが、実際に「この場合は該当するのか否か」というのは個々の実態を見てみないとわからないものがあるため、専門家に聞いてみるのが一番のリスクヘッジとなります。

そしてこうした話は業務委託に限らず「委任契約」「準委任契約」といった形の契約についても同様にいうことができます。

ポイントは、それまでの関係性の延長というだけで、なんとなく「辞めた後は業務委託(委任契約)」と惰性で行わないこと

業務委託は雇用契約の延長でも劣化版でもありません。会社にとってのメリットだけでなく、働く場所や時間の自由さ、専門性を高めていくための手段など、働く側(アルムナイ)にとってもメリットのあるまったく別のかたちの「働き方」として扱う必要があります。

新しい働き方を作ろう

まとめとして、企業は、依頼する際はこれまで一緒に働いてきた信頼関係に甘えず、現場が人事労務的な「あるある」に陥ってしまうことも想定して、雇用契約から新たな契約に代える際に、アルムナイ向けの業務委託契約書を用意をしたり、説明会を行うのもおススメです。

金額についても、その依頼する仕事の工数と、その方の1時間当たりの賃金から計算したうえで、完全なる厳密とまではいかなくても根拠のあるものをしっかり提示するのが良いでしょう。

また、仕事を受けることになるアルムナイ側にとっても気を付けるべきことがあります。

従来の会社が仕事環境や条件など何もかも決めてくれていた雇用契約と違い、退職後に結ぶ「業務委託契約」や「委任契約」は自らもいわば個人事業主として結ぶ契約です。そのため、報酬や仕事を進める方法などの条件は、会社任せにするのではなく、本当に自分に合ったものなのか、望ましいものなのかを確認し、自らの責任として会社と対話しながら決めることがとても重要です。

親しき中にも礼儀あり」とはまさにこのことなのかもしれません!それが新しい働き方を作る土台になっていくはずです。

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PROFILE

社会保険労務士
笠間 啓介さん

1987年4月生まれ 一橋大学卒業。在学時代に社会保険労務士の資格に出会い試験合格、卒業後、都内の社会保険労務士事務所に就職。在職中は社員が1人の起業から800人規模までのクライアントを受け持つ。2016年4月に独立しSHR社会保険労務士事務所を開業。現在は80社余の企業と顧問から人事制度の構築など幅広く携わる。