太田悠介さんの退職ストーリー:SCSアルムナイ

2019年03月26日

私とSCSをつなぐ3つのポイント

  • SCSへの感謝:最大限の裁量を与えてくれたこと
  • 現職マイクロアドでも活きるSCSで得たもの:「不確実性への耐性」、「自分で経営した経験
  • 退職後の関係性:SCSアルムナイ同士で仕事を依頼し合う関係

PROFILE

株式会社マイクロアド 取締役CFO
太田 悠介

新卒で監査法人トーマツ(現有限責任監査法人トーマツ)入社し、金融機関を中心に監査・コンサルティングを経験。退職後、中国を中心にアジアを放浪し、2011年にSCS Global Consultingへ入社。中華圏統括に就任し、上海など複数の支社を立ち上げ現地での経営を経験。2017年より、株式会社マイクロアドの取締役CFOを務める。

さまざまな企業のアルムナイをその想いとともにご紹介していく企画「アルムナイ・アルバム(ALUbum)」。今回は、国際会計事務所のSCS Global Consultingアルムナイの太田悠介さんにご登場いただきました。「ゼロイチの挑戦する環境を海外でくれたSCS経営陣に感謝と話す太田さんとSCS Global Consultingとの関係に迫ります。

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SCS(2011年〜2016年)への入社の経緯

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リーマンショックが起き、監査法人にも不況の波がきた時期に、公認会計士の修了試験も終わり自分を振り返ることがあったのがSCS入社のきっかけだったと思います。

以前から30歳よりも前に海外で働いてみたいという気持ちがあったのと、やはり「成果主義で稼いでみたい」という気持ちが重なったこともありました。

そこにアジアが今後急成長する入り口でもあり、自分でその場に行ってみたいと思いました。

「20代で海外×アジア×経営×成果主義」という環境で挑戦したいと思い、そこから一気に気持ちが加速した26歳だったのかなと思います。

若干の悪ノリ的要素のような、「だめならいいや」、という気持ちも実際あり、

「29歳/男/会計士/外国語/外国で経営/外国人部下」というスペックで3年後に日本へ逃げ帰ってきても、2010年の東京からみると、どうにかなるんだろうというセーフティネットような感覚があったことも思い出します。

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SCS時代に携わった仕事

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身に付いた経験は、やはり「曖昧さへの耐性」に尽きるかと思います。

SCSでは、中華圏統括に就任し、中国拠点の立ち上げを行なうことになりました。それも、単身でわずかな資本金だけ渡され押し出された形です。外国人1人で海外事業立ち上げでもあり、実際最初は何が起きるかわからなかったし、いつ潰れるかわからない不安もあったような気がします。事前に調査していても当局担当者レベルでひっくり返されることもよくあり、先の読めないビジネス環境でした。

ただ、「なんとかなる」というポジティブな気持ちのほうが圧倒的に強かったので、最初は目の前のことに没頭していたと思います。

会社の経営、営業、顧客対応、資金繰り、中国人採用など小さい組織ながら、すべてのことを自分で意思決定していたので、良い感じで脳みそを回転できていました。

客観的にみると、最初のうちは僕自身に依存する奇妙な組織であっただろうし、それに伴って当時のクライアントには迷惑かけたことも多かったと思います。

ただ、量で返そうと頻繁にアウトプットをし、「いつもChatしてるくらいに感じるメール返信」を心がけていました。それが楽しくもあり心地よかったです。

業務としては、外資の会社設立からはじまり、その後の法定手続代行、M&A、撤退など、企業運営で必要となる専門家業務はコンサルとしてなんでもやっていました。

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SCSを退職した経緯

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退職した理由は、大きく3つあります。

1)中華圏の変遷 外部環境の変化
安価な労働力の確保や中国へノウハウ提供するような外資主導のマーケットではなくなり、中国自体が力を付け、中国外へ進出していくような段階へ突入していきました。
その中で外資がバタバタと倒される姿も側でみていたし、外資が中途半端な力で有名になっていくことは危険である感じていました。力を持った中国企業をサポートする企業のほうがしたたかに儲けているような状況であり、外資サポートするコンサルはビジネスモデルが変わりつつあると感じていました。

2)自分のやれること「Can」「Must」「Will」の見直し
そのような中、自分がやれることの棚卸をし、強みを発揮できる分野や必要な場所に再度ポジションをとろうと考えました。コンサルがコモディティ化し、流れ作業になっていく中で、挑戦しない状況に身を置くことは危険だという感覚もありました。

3)挑戦
ビジネスの前線で戦い、自ら組織を大きくすることから、組織で事業を大きくしていくことへシフトし、挑戦したいと思いました。今までは自分で前線にいたわけですが、それを黒子ポジションへシフトし、前線は他へ任せ裏から組織を大きくしていくことへ挑戦していくことにしました。

退職する時に、SCSのみんなはがんばれよ、と押し出してくれました
もともと「去る者追わず」文化の会社だったのもあるでしょうが、退職を決めた段階で会社に伝え、半年かけて引き継ぎをしたのが良かったのかもしれません(笑)。特段もめることもなく退職した記憶があります。

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現在の仕事/取り組み

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現在は、株式会社マイクロアドのCFOとして内部から組織を成長させる支援を担当しており、外部アライアンスや交渉も含めたCFO業務全般を行なっています。マイクロアドに入る前までは、会社を外から見る専門家として監査やコンサルティングの仕事はやってきましたが、中に入って成長させることに特化したことがありませんでした。また、IPOに挑戦してみたいと思い、ベンチャー企業に入ろうと漠然と決めて、顧問を3、4社やりました。その中の1社がマイクロアドでした。

SCSでの経験が活かせていると感じることも多くあります。特に「不確実性への耐性」や「自分で経営した経験」は、各ビジネスを客観的にみることや、フェーズに合わせた論点の事前把握、ビジネススピードを落とさないための施策を打つことに活きています。

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古巣SCSとのリレーション/アルムナイ同士のネットワーク

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お互い「共通言語」があることで、長く付き合える仲間です。

SCSアルムナイ同士、および在職メンバー含め連絡を取り合ったり、一緒に飲み行ったりすることはよくあります。現在もアジアで働いているメンバーが多いので、集合場所が香港や台湾、バンコクということもありますね(笑)。

その中で、一緒に仕事することもあります。私にとっての中国拠点のように、他のアルムナイがそれぞれアジアのどこかの国に関して詳しいので、今でもアドバイスをもらっています。

一緒に同じ時代を過ごしたことで、地理的には離れていたけれども、各地でもがいていたことを良き思い出として振り返りができるのはとても良いなと感じます。

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SCSアルムナイで台湾に集合した時の写真。それぞれがアジア各地で前線を張っていました。

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SCSへのメッセージ

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卒業生がSCS外で活躍することは、「SCSの人はみんな優秀」と認知されることにつながり、結果的に仕事や仲間が集まります。そのような状態を維持したいという気持ちを強く持っています。いわば、SCSアカデミアといってもいいかもしれません。

自身のことを振り返ると、よくわからない若手会計士にBetしてくれ、「中国拠点の立ち上げ」という最大限の裁量権を与えてくれたSCS経営陣にはとても感謝しています。会社のレピュテーションリスクを考えると、簡単な選択ではなかったと思います。

SCSも良い意味でクレイジーな時代であり、その他の前線部隊と共に一緒に攻めて行けたのは非常に良い経験でしたし、私もすべてを「自分ごと化」し、常に走り続けることができました

アジアが爆発的に成長し始めた時期を現場で肌で感じられたし、貴重な成長と経験を与えていただいたので恩返しをしたいと思っています。

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編集後記


アルムナビ編集部
築山 芙弓

現在もSCSアルムナイメンバーで、国を超えて集合したり、仕事をしたりすることもあるという太田さん。
当時アジア各国で前線を張り、タフな環境でともに戦った仲間だからこその強い絆・信頼関係が窺えます。

SCS時代、常に走り続けてきた太田さんですが、退職意思を伝えてからの引き継ぎは、なんと半年かけて行ったとのこと。このエピソードから、会社の退職者に対するスタンスが「裏切り者扱い」ではなく「去る者追わず」であれば、個人は跡を濁さずしっかりと引き継ぎを行うことにつながるのだと感じました。

それにしても、最大限の裁量を与えられたことに対し感謝をする太田さんからは、並外れた挑戦心とバイタリティが感じられました。貴重なお話、ありがとうございました!