「退職」は終わりじゃない。勇気さえあれば、絆は再構築できる/クックパッド・小竹貴子さん[前編]

今回は、クックパッドでアルバイトから執行役となり独立、2016年に出戻りされて話題となった小竹貴子さんへインタビュー。

退職時の心境出戻りのきっかけと決意、そして、自身の経験からのアルムナイが出戻りする際のアドバイス、会社側のアルムナイ活用・受け入れノウハウまでお話いただきました。

まずは、前編。小竹さんの出戻りエピソードを中心にご覧ください。

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PROFILE

クックパッド株式会社 ブランディング・広報 担当VP
小竹 貴子 

関西学院大学卒業。2004年有限会社コイン(後のクックパッド株式会社)入社。2006年編集部門長就任、2008年執行役就任。2010年、日経ウーマンオブザイヤー2011受賞。2012年、クックパッド株式会社を退社、独立。2016年4月、クックパッド株式会社ブランディング・広報担当本部長就任。またフードエディターとして個人でも活動を行っている。

 「私がやりたいことは、クックパッドにあったんだ」

——小竹さんは2016年4月にクックパッド株式会社へ出戻りされました。まずは素朴な疑問からお聞かせいただきたいのですが、2012年2月の卒業時点で「いつか戻る」という未来は想定していたのでしょうか?

いいえ、当時はまったく考えていなかったんです。「戻ろう」と思えたのは、「私のやりたいことは、クックパッドの中にある」と気付いたから。クックパッドを卒業後、個人で同じく「料理」に関することをやっていただけに、個人でやる仕事の限界、そして改めてクックパッドという会社が起こせる変革の可能性を再認識したわけです。

——復帰にあたって、小竹さんくらいのキャリアですと、やはり諸手を挙げて歓迎されたのでしょうか?

正直、あんまり良い辞め方ではなかったので(笑)。当時は成果も出ないし、部下も辞めちゃうし……と、いろいろなことがうまくいかなかった末の決断でしたし。

それにも関わらず、辞めたら辞めたで、得意げに本を書いたわけです。「勝手に辞めておいて、調子良いな」って思われてもしかたないでしょう。そういうこともあって、卒業後はしばらくクックパッドとは距離を置いていましたね。

そんな状態での出戻りですから、歓迎ムード一色というよりは、むしろ難色を示されたり、「なんで今更?」と警戒心を抱かれたりするほうが多かったですね。私は「信頼貯金」と呼んでいるんですが、かつて古巣で築いてきたその残高はとっくに尽きた状態、つまり、周囲からの信頼はゼロと言っても良いくらいだったんです。

——「信頼貯金」。小竹さんの著作『月給たった5万円!でも、選びました』の中でも、自身も経験された妊娠・出産のエピソードを例に、次のように書かれていましたね。

「妊娠・出産のタイミングでは、周囲にどうしてもフォローをお願いすることが増えてしまいます。でも、妊娠前にきちんと仕事をこなし、周囲の人を助けるフォローも進んでやっておけば、十分に「信頼貯金」がたまっています。すると、「おたがいさまの精神で、自分が困ったときには周囲から手を差し伸べてもらえるのです」

『月給たった5万円!でも、選びました』第4章「チャンスを生む「信頼貯金」の増やし方」より

将来子どもを欲している女性には、「いつか生まれるその時のために信頼を積み重ねておくといいんじゃない?」って、提案していました。

人によって出産前のつわりの有無も軽重も違えば、出産後の子どもの病気の頻度も違いますし、子育ての環境もかんたんには変えられないですし、会社の制度も都合に合うかどうかわからない……と、要するに変数が多い中で、どうやって乗り越えていくかという話です。

それまでしっかり信頼貯金を積み立ててきたならば、きっと周囲の人たちは気持ちよく手を差し伸べてくれるんですね。困っている人がいたら平等に助けるのが理想ですが、人間はどうしても感情に左右されてしまうものなので。

 変わる勇気があれば、会社と社員の関係は再構築できる

——この「信頼貯金」は、アルムナイの文脈でも同じですよね。私たちは、企業をすでに卒業した社員=アルムナイに対して、在籍中の社員を「プレ・アルムナイ」と呼んでいます。その「いつかこの会社を辞める時が来るかも」と自覚することによる、「主体的なキャリア形成」の観点からも「信頼貯金」を意識することは大切なんじゃないかと感じました。

そうですね。本来は、ありあまる「信頼貯金」残高で、ひとたび出戻りすれば「よくぞ、戻ってきてくれた!」となるのが理想なんでしょうね(笑)。まさに私がそうなんですが、実情としては、みんながみんな、良いかたちで辞められているか、というとそうじゃないですからね。

でも、ここで声を大にして言いたいことがあります。それは、信頼貯金が底を突いたら突いたで、「ごめんなさい。私は変わります!」というリトライの選択肢もあるということ。

私自身、クックパッドへの出戻りに際しては、まさに「ゼロから出直そう」という想いで真摯に仕事に取り組みました。そして最近ようやく、周囲からの信頼の萌芽を実感し始めた気がします。実にここまで2年かかっています(笑)

卒業前に喧嘩別れした部下がいました。そのことがずっと気にかかっていて、最近意を決してコンタクトを取って「ごめんね」って謝ったんです。すると向こうもずっと気まずい想いを抱えていたとのことで、「こうしてまた話ができるようになって良かったです」と言ってくれたんです。

自分がオープンになれば、相手も心を開いてくれるかもしれない。ベースには絶対に「信頼貯金」があると思うんですが、ないならないで、自分が変わる勇気さえ持てたなら、人間関係を再構築できるチャンスは生まれるんでしょうね。

——たとえプレアルムナイ時点で十分に信頼貯金を積み立てきれずに退職しても、出戻りを含め、古巣と本気で関係性を築きたいという強い意志があれば、アルムナイが「裏切り者扱い」されることすらある日本企業とでも、やりなおしが効く可能性があるということですね。

はい。だから「古巣でもう一度がんばりたい」「またかつての仲間と仕事してみたい」って思ったならば、遠慮なくノックするべきなんです。もちろん言うほどかんたんなことではないから、勇気もいっぱい必要だとは思いますけど、「戻りたいのだけど、ダメ?」って聞くのはタダです(笑)

 新たな関係への移行が、より良い関係性を築くこともある

——先ほど小竹さんも気にされていた「良くない辞め方」という表現も、「退職」という最後の瞬間がいかに強烈なベースとなるかということの裏返しですよね。でも、たとえば「イグジット・インタビュー」の印象だけに引っ張られて、その人のすべてを判断してしまうのはもったいない話だとも思います。「働き方改革」と表裏一体なのかもしれませんが、「辞め方改革」も必要なんでしょうね。

そうそう、私は「この前、退職した○○さんに手伝ってもらおうよ」なんて軽く提案しちゃうタイプなんですが、会社によっては、そんなこと言うものなら、人事担当者が「彼は戻りたいなんて思ってないですよ」なんて言うことがあるそうです。

人事担当者がそんなこと言うなんて、自社のこと良い会社だと信じていないのかな、そもそもそんな人が企業人事やっているのっておかしくない?って思っちゃいます。

私はクックパッドを心から良い会社だと信じているので、会社の欲しい人材のタイミングがあるのは前提として、私のような出戻りはもちろん、業務委託でも何でもウェルカムです。

身近な例で言えば、当時ともに働いた仲間が「出版業界に戻って本を作る仕事をしたい」と卒業していった後も、クックパッド監修のレシピ本を担当してくれています。。彼女とはしっかり理念を共有できているので、完全に任せることができますし、その分社内のリソースを減らせるわけです。

同僚というかたちではなくなってしまいましたが、こうして新たな関係へ移行したことで、もっとお互いにとって良い関係性を築くこともあるんだなと思ったエピソードです。

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編集後記

企業では、ラインのマネージャーの評価項目として「離職させないこと」が入っていることも珍しくありません。もちろん、部下が辞めたくなってしまうようなマネジメントをしないようにするためではありますが、一方で部下個々人の人生の選択肢の一つとしての「退職」をタブー視してしまう力学も働いてしまっています。

小竹さんが「アルムナイとなって新たな関係へ移行したことで、お互いにとって良い関係性を築くことができた」とおっしゃっていたように、雇用関係だけが正解ではないのでしょう。

まだまだ企業とアルムナイの関係性で言えば、企業目線での「いかにアルムナイを活用するか」という議論になりがちですが、逆に個人視点で「いかに古巣を活用するか」という議論が巻き起こり、それに企業が寄り添っていく動きも生まれていけばいいなと感じた次第です。(アルムナビ編集長・勝又 啓太)