さらば「退職=裏切り」日本には”辞め方改革”が必要
日本でも人材難を背景に、退職した社員との関係を温め様々な事業機会に生かそうと考える企業が増えてきた

さらば「退職=裏切り」日本には”辞め方改革”が必要

会社を辞めた元社員、通称「アルムナイ(alumni)」がにわかに注目を集めている。海外では大手企業を中心に退職者のアルムナイ・ネットワークが存在するが、日本でも人材難を背景に、退職した社員との関係を温めて、様々な事業機会に生かそうと考える企業が増えてきた。

2017年に創業したハッカズークは、日本企業のアルムナイ組織化を支援する企業だ。人材サービス出身の鈴木仁志代表は、「高齢化・人口減が進む日本では、アルムナイの活用は企業に不可欠になる」と指摘する。鈴木氏に、その実情を聞いた。

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――アルムナイという言葉が、2019年からメディアでも大きく取り上げられるようになりました。これほど注目を浴びるようになったのはなぜでしょうか。

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鈴木 端的に言えば、日本の雇用制度が実情と合わなくなってきたことに尽きると思います。

総務省の労働力調査年報によると、2018年の国内転職者数は年間300万人以上になりました。これは労働人口の5%に相当する規模で、年々増加しています。しかも、この数字は転職者数だけで、起業など他の理由で企業を離れた人の数を考慮すると、数はさらに多いはずです。

単純に考えれば、企業は抜けた人員を外部から穴埋めすることになります。しかし、少子高齢化で労働人口そのものが減っている今、人が辞めたら、すぐに別の人を探せる状況ではなくなってきているわけです。

――そこで、注目を浴びているのがアルムナイだと。

鈴木 はい。一度は会社に在籍し、働いた経験のある「OB」「OG」の知見を活用しようと考える企業は確実に増えています。それも、単純に社員の「出戻り」を促すものではなく、例えば現役の社員とアルムナイが連携した新しいビジネスの可能性を探るなど、活用方法にもバラエティが出てきました。いずれにしても、「退職者とのつながりが会社の財産である」との認識が企業に少しずつ広がってきたように思います。

日本企業の場合、その企業にしか存在しない独特のルールやスキルを必要とすることが少なくありません。こうした事情を全く知らない人にゼロから教育するよりも、アルムナイとコラボレーションした方が、はるかに物事をスムーズに進められます。そんな、日本特有の事情もアルムナイとのつながりを強化する流れを後押ししています。

ただ一方で、この流れを阻む大きな問題も存在します。僕自身は、これが日本の生産性を著しく落としていると言っても過言ではないと思っています。

「せっかく育ててやったのに」

――どんな問題なのですか?

鈴木 それは、退職者に対する感情的な問題です。一言で言えば、辞めた人を「裏切り者」扱いする企業が、依然として存在すること。会社を去った人間に対して、日本企業は冷たい対応をするケースがまだまだ多いのです。「せっかく育ててやったのに」「俺の顔に泥を塗った」「二度と我社の敷居をまたがせない」といった感情が先に立ち、辞めた途端、人間関係を切ってしまう企業が少なくありません。

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――せっかくの人的なつながりを手放してしまうわけですか。

鈴木 もともと、日本企業は人事の投資回収サイクルをとても長く設定しています。イメージ的には、入社後の10年間は投資で、回収するのはその後の30年間。それを可能にしていたのが、年功序列であり、終身雇用という日本特有の雇用慣行でした。

高度成長期に確立されたこのシステムは、1990年代までは確かにうまく機能したんですね。社員にとっては理不尽なこともあるけれど、会社内でキャリアを築いていけば、給料も上がり、昇進できました。この仕組みが長らく続いた結果、キャリア形成を会社に委ねることが、日本企業に働く人の半ば常識として定着しました。同じ会社でずっと働くことを良しとする文化が醸成されていったわけですね。

しかし、最近はこのシステムが限界に近づきつつあります。大企業であっても経営トップが「終身雇用を維持できない」と公然と発言するようになりました。少子高齢化、市場の成熟、事業環境の変化など複合的な要因が重なり、日本型雇用の仕組みは急速に見直しを余儀なくされているのが実情です。

「24時間働けますか」も今は昔

個人の働き方も、価値観も大きく変化しました。1990年代は「24時間働けますか」というスタイルがサラリーマンの生活を象徴していましたが、今は「定時で帰ります」ですよね。寿命も伸び、30年前は人生80年時代と言われていたのが、今は人生100年時代と言われています。

――我々をとりまく環境は大きく変わったわけですね。

鈴木 そもそも、企業も社員も、「ずっと同じ会社で働く」という契約は最初から結んでいないんです。しかし、無意識の内に日本型雇用のシステムが刷り込まれた結果、途中で去る社員にはとても冷たく接する文化が根付いてしまいました。これは本当にもったいないことです。

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日本では今後も転職者の数が増えていくのは間違いないでしょう。そう考えると、企業は退職者を「裏切り者」ではなく社員と同じく「財産」であると認識を変えなければ、パフォーマンスがどんどん低下していくと危惧しています。個人的には、日本全体の国力にもかかわる問題だと思っています。

辞めても関係を切る必要はない

一方で、企業の認識を変えられたら、日本の働き方、企業の競争力を改善できるチャンスもあります。私自身が仲間と「ハッカズーク」を創業したのは、こうした考えに基づいています。目的はとてもシンプルで、「退職による損失をなくすこと」。会社を辞めたからといって、関係を断ち切る必要はない。僕たちは、企業と個人の新しい関係と呼んでいて、「辞め方改革」という商標も取得して(笑)、お互いが補完し合える関係を構築する社会を目指しています。

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――実際にはどのようなサービスを提供しているのですか?

鈴木 サービス自体はとてもシンプルです。大きく、実際のアルムナイを名簿化し、関係を構築するクラウド型のサービス「Official-Alumni.com」とコンサルティングを提供しています。多くの企業にとって、アルムナイを組織化する前段の課題として、そもそもアルムナイとの関係を再構築することが挙げられます。

先にも申し上げた通り、一般に、アルムナイと企業の関係が良好なケースは多くありません。これには理由があって、辞め際の体験が大きいんです。

互いの情報発信から変える

「ピーク・エンドの法則」を聞いたことがあるでしょうか。ピーク時だけでなく、人がエンド時に受けた印象は、後々まで残るんです。例えば、辞める際に上司から嫌味をいわれたり、あまり良い辞め方でないと、それだけで、企業で働いた経験全体に影響を与えます。すると、辞めた人はその体験を打ち消そうとして、自分を肯定しようとします。

最も簡単な方法は、辞めた会社を否定することです。「あの会社はいけてなかった」と辞めた後に周囲に触れ回ることで、自分の判断を正当化します。こうしたケースが沢山あると、結果として会社のイメージも落ちていきます。一方の会社もこうした声が耳に入ってきて、「だから辞めた奴はダメなんだ」となる。悪循環に陥っていくわけです。

では、どうすればこうしたケースを改善できるのか、どうすれば、互いの信頼関係を築けるのか。僕らはそのようなカルチャー自体を変える必要があると考えました。

――どのように改善したのですか?

鈴木 アルムナイに対するイメージを変えるためには、互いの情報発信が最も効果的だと考えました。まず、元々アルムナイと関係が構築できている企業や、変わってきている企業にはその考えを発信してもらっています。アルムナイに特化したオウンドメディア「アルムナビ」を運営し、企業がいかにアルムナイを大切にしているのか、するようになったのかを伝えています。

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アルムナビをご覧いただくと、日本を代表する企業の方が、アルムナイの重要性についてメッセージを発信しています。こうした情報を、継続的に伝えていくことで、少しずつ周囲の考えを変えていきたいと考えています。

一方、アルムナイ側の声も発信しています。アルムナビ内には「アルムナイ・アルバム」というコーナーがあり、アルムナイの人々に体験や想いを語ってもらっています。「前に働いていた☓☓のおかげで、こんな仕事ができるようになった」など、多くは古巣に感謝しているケースばかりです。こうした発信を、現役社員が見ることで、自分の会社の良さを再認識してもらいます。互いに情報を発信し、理解し合うことで、少しずつ両者の距離を縮めていきます。

会社とアルムナイの橋渡し

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実際のプラットフォームサービスも、会社とアルムナイという少し特殊な関係に合うように設計しています。私たちは、あくまでもアルムナイ特化型のサービスなので、いかにお互いの関係強化に貢献するかに集中しています。

例えば、登録時に必要な情報は、必要最低限に止めることでアルムナイが身構えないように設計しています。

ネットワークに参加した後も、ユーザーはフィードを眺めておくだけで他のアルムナイの近況がわかるようにしていて、あえて投稿などは促しません。フィードには、自動的に、生成されるコンテンツを流しています。そして、絶えず「誰かが参加しました」「誰かが肩書きをアップデートしました」という情報が流れています。

――何も投稿しなくても大丈夫なのですね。

鈴木 アルムナイ特化型ですから、ユーザーは要するに近況を知れたらいいんです。今の社員や他のアルムナイがどのような仕事生活を送っているのかを知りたい。卒業生が在校生見る感じに近いんです。反対に投稿を促してしまうと、他のSNSとの違いが分からなくなってしまいます。

このアルムナイネットワークに参加する意志はあくまでも本人に委ねられていて、会社には「参加を強制しないで下さい」とお願いしています。自分の意志でつながりに参加できる仕組みで、信頼関係を深めながら、ゆるくつながっていける場を広げていくアプローチを取っています。

アルムナイを巻き込む場も必要

その代わり、アルムナイを巻き込んだ活動をしたい人には、専用の場を用意しています。事務局がハブとなって、知らないアルムナイ同士を繋げたり、同窓会を主宰したりしています。

最近盛り上がっているのは、アイデアソンなどを通じたアルムナイとのオープンイノベーションです。社内の人間ではアイデアやリソースが限られてしまうので、外のことも中のことも知っているアルムナイと連携しようと。活動自体はオフラインですが、一度こうした交流を経験すると、俄然つながりも強化されるし、盛り上がります。最近では、アルムナイの中でも中心になってこうしたイベントを取り仕切るコアアルムナイが生まれてきています。オフ会なども、頻繁に開かれています。

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面白いことに、こうした施策を続けていくと、段々とアルムナイ名簿が充実していきます。最初は、名前と入退社年しかいれなかったのが、次第に所属部署や肩書や利用目的などが入っていきます。フィードでその変化が見えてきます。

企業側はあからさまに仕事復帰などをしてくださいとは伝えていません。しかし、つながりが太くなり、互いの信頼関係が構築されていくと、ビジネスパートナーになったり、出戻ったりということが起きたりするようになります。

――企業の意識は変わってきましたか?

鈴木 手応えは感じています。例えば、電通さんの例では、会社が「アルムナビ」に掲載したインタビュー記事でアルムナイに対し「電通を使ってほしい」と訴えています。目的がなくても、ゆるくつながっていれば、どこかのタイミングで何かが生まれる可能性はある。そう考える企業は着実に増えています。

ただ、そうは言いつつも、もっとアルムナイにとってのメリットをより訴求していく必要は感じています。担当者の意識改革をさらに促す必要があると思っています。例えば「社員が逆に流出するのではないか」「情報が漏洩するのでは」といったリスクを懸念する声はまだあります。

サービスはあくまでもツール

ただ、詰まるところ大切なのは経営者であり会社で働く人事の意識ではないかと思います。私たちのサービスを導入したら、すぐにアルムナイとの関係が改善して古巣が大好きになるわけではありません。興味を持っていただいた企業にはそうお伝えしています。

やはり、問われるのは会社の信念だと思います。「うちはこういう働き方ができる会社です」という発信と、実際のカルチャーをどれだけズレなくできるか。最近は、「アルムナイとのネットワークがあるかで良い会社かどうかが分かる」といった考えも耳にしますが、私は必ずしもそう思っていません。信念さえあれば、「当社はどう考えても、全ての業務時間を使った方が楽しいし、成果も出るし、幸せになれます。

ですから、「副業禁止。全員絶対に退職しないで欲しい!」と高らかに主張する会社があってもいいと思います。自分にあった選択ができる会社があることが健全だですから。その意味で、会社の軸を社員や社外の人に伝えることはもっと重要になるでしょう。会社のメッセージを広げる努力を、人事だけでなく経営幹部全体が問われます。「うちはアルムナイを大切にします」というメッセージは、そうした文脈の中でこそ生きます。

実際に企業が変われば、アルムナイだけでなく、社員の満足度も高まります。その関係性の中で、アルムナイ同士がつながり、新たな仕事が生まれます。その結果、みんながハッピーになる。やっぱり、信念は大事です。

あくまでも、我々のサービスはツールであり手段。この認識がアルムナイのネットワークを成功させるカギだと思います。

—聞き手は 蛯谷 敏(Satoshi Ebitani)

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鈴木氏が考える、アルムナイの意義、そして日本のこれからの働き方。皆さんはどう感じましたか?是非コメント欄に感想をお寄せください。

身近では、10年以上前から一般化してると思う。「裏門を開けて置く」

佐々木剛

Daikin Industries, Ltd. - Engineering Manager

4y

アルムナイを企業も個人も選択肢のひとつとして持っておくことは良いと思います。 会社の組織において、専門性を追求する部門もあれば、フレームワーク重視で幅広く業務をこなす部門もあります。 会社の中で部門をまたがる人事異動は多くの会社ではそう簡単にはできません。 また、会社にはそもそも事業領域の制約があります。 自身のキャリアにおいて、狭さや浅さに悩むくらいなら、思い切って会社を変えて新たな成長機会を掴むのも手です。 そうした中、世論としてアルムナイの理解が深まると、転職のハードルや心理的負担が下がり、積極的に人材交流が図れるものと考えます。 これ、副業容認とも同根ですね。

言われてみると、日本の所属で退社した人とは、退社後疎遠な例が多いですね。 海外所属の人は、会社が変わってもほとんどSNSでつながってます。 また日本で一緒に仕事した人も、外資系の人は会社が変わった後も緩く繋がり続けることが多いですが、日系の方は仕事の関係が切れると、多くは疎遠になりますね。 あまり、気にしてなかったなぁ。おもしろいです。

Masatoshi Matsumoto

Operates a self-employed keiriya. Mainly assists foreign-affiliated companies in Tokyo in terms of accounting.

4y

辞め方については、中小だと人間関係で辞めるケース多いと思う。たとえ、外資系で親会社が大きくても数十人規模だと中小零細。 そこでアルムナイトは難しいかな。

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