【神戸大学・服部泰宏先生登壇セミナーレポート】心理的契約の観点から見る、日本の人事のトレンド3つ

9月2日、『日本企業の心理的契約〜組織と従業員の見えざる約束〜』の著者であり、採用学の第一人者である神戸大学大学院准教授の服部泰宏先生によるウェブセミナーを開催。

日本企業と社員の間の「心理的契約」について、特別解説いただきました。ここではその一部をご紹介します。

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神戸大学大学院 経営学研究科 准教授
服部泰宏 先生
神奈川県生まれ。国立大学法人滋賀大学専任講師、同准教授、国立大学法人横浜国立大学准教授を経て、2018年4月より現職。日本企業における組織と個人の関わりあいや、ビジネスパーソンの学びと知識の普及に関する研究、人材の採用や評価、育成に関する研究に従事。2010年に第26回組織学会高宮賞、2014年に人材育成学会論文賞などを受賞

心理的契約とは人と企業の「書かれざる約束」

心理的契約というのは、人と企業の「書かれざる約束」に基づくものです。組織と個人の間には、雇用契約などの文章化された合意があるけれども、私たちはそれだけで動いているわけではありません。

個人には「この会社だったら30歳までにこのくらいの給料がもらえるだろう」など、頭の中に会社への期待があります。会社もまた「この人なら転勤にイエスと言ってくれるだろう」といった期待をしています。

こういったお互いの頭の中にある期待、つまりは法律の意味ではない契約が意識として成立しているわけです。

日本は、契約や権利を主張することがあまりない社会です。「こんな福利厚生がほしい」「異動はしたくない」などの要望を私たちは本来たくさん持っていますが、これまで明確に主張することはほとんどありませんでした。

なぜなら個人にとって大事なのは、「長期雇用が保障されること」だったからです。その交換条件として、「異動や昇進など、会社の言うことを聞く」ことを受け入れてきました。

もともとの条件に入っていない仕事を任されたり、面接での話とは違う部署に配属されたりろいったことがまかり通ってきたのは、個人が深い部分で大事にしている「長期雇用」を企業が保障していたから。だからこそ、他の約束を破っても許されていたのです。

この交換条件は非常に曖昧で、お互いがはっきりと言っているわけではありません。もっと言うと、終身雇用自体、契約書に書いてある会社はほとんどないのです。それでもみんなが暗黙の了解として曖昧な約束を守ってきたというのが、日本の雇用の特徴です。

言い方を変えると、根幹にあった長期雇用の価値が揺らいでくると、この構造は成り立ちません。これが今の日本の採用市場で起きていることであり、「相手が何を期待しているのか」を握ることの重要性が増しています。

心理的契約の観点から見る、日本の3つのトレンド

では、心理的契約から見た日本の今はどうなっているのか。そこには大きく3つのトレンドがあります。

1. 心理的契約のスケールダウンと高解像度化

これまで長期雇用が満たされていたから不問とされていたことが、そもそも個人が長期雇用を期待しなくなりつつあることで、表面化しつつあります。

昭和の人間にとっては「安定性=会社が潰れない、雇用が安定している」でした。一方で今の若い人たちの多くは「会社に何が起きるかわからないから、会社に安定性を求めるのではなく、自分自身が揺るぎないキャリアを築こう」という考え方をしています。

だからこそ、早いうちにいろいろな経験を積む、将来良い転職ができそうな会社に就職するといった意識を持っているわけです。

つまり、若い人はもっと具体的なものを求めるようになっている。例えば「30歳までに転職をする」という前提で会社に入ってきた人の場合、重要なのは「若いうちにいかに経験を積めるか」であり、30年間の雇用を保証することの意味はほとんどありません。

「曖昧な遠い未来の契約」から「解像度の高い近未来の契約」へと、「数年以内にどんなことができるのか」という具体的なものが採用の時点で求められるようになっているのです。

2. 多様な心理的契約の発生

これまで会社のシステムは、いわば「無限定正社員」を想定していました。

時間や働く場所の制約がなく、異動や昇進昇格、賃金への要求もなく、特別な価値観や宗教的信条を持っているわけでもない人。本当にこんな人がいたのかはさておき、これまではこういう人を想定することで成り立っていました。

でも、例えば育児中の人であれば時間に制約があります。さらに言えば、育児をしながら病気の治療をしつつ、MBAに通うような人もいるわけです。近年は人々が本来持っている制約が表に出始めています。

そうなってくると、マネジメントが多様化してきます。

まずは採用時点でのエントリーマネジメント。その人がどんな心理的契約を会社に持ち込むかを知っておかなければいけません。

入社後のメンテナンスも重要です。入社後に事情が変わることは往々にしてあり、そうなると“個人の期待”も変わるわけです。会社側としてはその変化を汲み取り、随時すり合わせる必要が生じます。

そして、会社を辞める時のエグジットマネジメントの重要性も増していきます。

メンテナンスの結果、すり合わせができずに退職となるケースもありますが、退職後も“個人の期待”は状況に応じて変わっていくものです。つまり辞めた後に再び“個人の期待”と会社の状況が合致することもある

そうなった時に出戻りや協業につながるかどうかは、会社の辞め方によるのです。

3. 不均等な心理的契約の登場

従来、企業は人事制度や会社の仕組みを枠としてつくり、新卒採用者を枠に流し込むようなやり方をしていました。一人一人の心理的契約の細かい中身を吟味する必要はなかったわけです。

ところが勤務条件や給与など、個別に設定するケースが出始めています。

例えば、ハイパフォーマーを雇うことが会社にとってメリットが大きい場合、他の人より高い給与を与えたり特殊な働き方を認めたりする。こういった差をつけなければ良い人が採用できないし、良い人を引き止めることもできないからです。

ただ、そこに該当しない人にとっては面白くないですよね。だから平等にするというのも一つの考え方ですが、それでは回らなくなっていく現実もあります。そうなると、不平等への不満をいかに最小化するかが重要です。

つまり「すごい社員」と「他の社員」をどうマネジメントするかが人事課題になりつつあるのです。

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文/天野夏海